back in black

 法隆寺の夢殿の南門の前に宿屋が三軒ほど固まつてある。其の中の一軒の大黒屋といふうちに車屋は梶棒を下ろした。急がしげに奥から走つて出たのは十七八の娘である。色の白い、田舎娘にしては才はじけた顔立ちだ。手ばしこく車夫から余の荷物を受取つて先に立つ。廊下を行つては三段程の段階子を登り又廊下を行つては三段程の段階子を登り一番奥まつた中二階に余を導く。小作りな体に重さうに荷物をさげた後ろ姿が余の心を牽く。
 荷物を床脇に置いて南の障子を広々と開けてくれる。大和一円が一目に見渡されるやうないゝ眺望だ。余は其まゝ障子に凭れて眺める。
 此の座敷のすぐ下から菜の花が咲き続いて居る。さうして菜の花許りでは無く其に点接して梨子の棚がある。其梨子も今は花盛りだ。黄色い菜の花が織物の地で、白い梨子の花は高く浮織りになつてゐるやうだ。殊に梨子の花は密生してゐない。其荒い隙間から菜の花の透いて見えるのが際立つて美くしい。其に処々麦畑も点在して居る。偶※(二の字点、1-2-22)燈心草を作つた水田もある。梨子の花は其等に頓着なく浮織りになつて遠く彼方に続いて居る。半里も離れた所にレールの少し高い土手が見える。其土手の向うもこゝと同じ織り物が織られてゐる様だ。法隆寺はなつかしい御寺である。法隆寺の宿はなつかしい宿である。併し其宿の眺望がこんなに善からうとは想像しなかつた。これは意外の獲物である。

 松山一の老櫻のある料理屋に同窓生の祝賀會が開かれる。御詠歌の上手な同窓生の一人が『普陀落や岸うつ波』と茶碗を箸で叩いて唄ふと、小さいおもちやの傘と、これも杉箸を杖の代りに持つてをばさんと仇名のある滑稽家の粟田が妙な身振りをして『順禮に御報捨』と可愛らしい聲を出す。こゝまでは趣向が出來たが『今日は幸い夫の命日、お手のうち進ぜませう』といふ塗盆を持つて立つて行く役割に當るものが一人も無い。三藏は乾いた口を開けて「僕がやらう」といふ。「君が遣るか」と粟田が眞面目な顏をして驚く。茶碗が鳴る。『普陀落や岸うつ波』と唄ふ聲が響く。をばさんは目をしよぼ/\させ乍ら首をかしぎ『順禮に御報捨』と絲のやうな聲を長く引つ張つてゐる。いざとなると三藏は喉が詰つて口がきけぬ。をばさんは又『順禮に御報捨』と改めていふ。三藏はまだ默つてゐる。「馬鹿!」といふものがある。「自分で遣ろといはねばいゝのだ」といふものがある。餘興はそのまゝにつぶれて三藏は面目を失ふ。
 ぱつと咲いた櫻はぱつと散る。蚊いぶしの煙の中で三藏は露伴の「風流佛」を愛讀する。

 発行所の庭には先づ一本の棕梠の木がある。春になつて粟粒を固めた袋のやうな花の簇出したのを見て驚いたのは、もう五六年も前の事である。それ迄棕梠の花といふものは、私は見た事がなかつたのである。見た事はあつても心に留まらなかつたのである。それがこの家に移り住むやうになつて新しく毎日見る棕梠の梢から、黄いろい若干の袋が日に増し大きくなつて来るのを見て始めて棕梠の花といふものを知つた時は一つの驚異であつた。その後の棕梠には格別の変化も無い。梢から矢の如く新しい沢山の葉が放出すると同時に、下葉の方は葉先から赤くなつて来て幹に添ふて垂下して段々と枯れて行く。この新陳代謝は絶えず行はれつつある。或時私は座敷の机にもたれて仕事をして居ると、軒端に何か物影がさして其処に烈しい羽搏きの音が聞えたので驚いて見ると、それは半ば枯れて下つてゐる一本の棕梠の葉に止まつた烏が、自分の重みで其の葉を踏折つた、それに驚いて羽搏いてゐる処であつた。丁度私が見上げた時は、其折れた棕梠の葉を踏み外しながら、烏は羽搏いて他の簇出してゐる棕梠の葉の間から大空へ逃げて行かうとする処であつた。